生き物こぼれ話(その35)
 この写真はトラフグです。フグの中でも高級魚とされる。フグ目フグ科。興奮させると、腹部(胃)を膨らませる姿がよく知られています。

内臓に猛毒を持っていることで有名。肉は最高の珍味とされています。

フグのことを「てっぽう」と呼ぶ地方が有ります。昔の鉄砲は命中率が悪かったがそれでも若しも当たったら命はない、という意味らしい。棺おけを傍に置いてでも食したいほどの珍味だったらしい。
 
 また縁起をかついで「フグ」ではなく「フク(福)」と呼ぶ地方もある。食用のほか、本物のフグを利用したふぐ提灯としてみやげ物にもなっています。そもそもフグは何のために毒を持つようになったのだろうか? 今回はそんなお話です。

・動物や植物が武器を持つのは外敵から身を護るためである。バラやカラタチのとげは近づく捕食者を撃退するため。ヒイラギの葉の鋭い鋸歯もそうである。クリは硬いイガで実を守る。ゼンマイやワラビは強いアクで捕食者に対抗する。

・しかし、フグの毒は襲撃者に襲われて自分が死んで始めて相手を倒すことが出来る。即効性の毒でもないから、自分自身の身を守る武器にはなり得ない。

・ミツバチの場合ならば巣が有って家族が有るから、これを守るために身の危険を賭してハリを振るって戦うが、フグの場合にはそれが有るわけではないから、自分が犠牲になって巣や家族を守るためとも考えられない。

・毒キノコの場合にはその名の通りドクドクしい色をしているのが普通である。知らずにこれを食べた襲撃者はヒドイ目に会うから次回からはそのきのこは敬遠するようになる(学習効果)。つまり目立つようなドクドクしい色をすることによって、私は毒ですよ、食べたらまたヒドイ目に逢いますよ、と警告している。これによって自らを食害から守っている。

・ところがフグの場合には食べた方の個体が死んでしまうし、特に目立つ外観をしている訳でもないから、それに懲りて二度と襲撃しない、あるいはフグを食べるなという情報を広く仲間に伝える、という学習効果は期待できない。

・ 結局、期待できるのは自分が犠牲になって捕食者を倒すことにより、長期的に見たらフグ一族の繁栄に役立つかも知れない、という消極的な(?)効果だけではないかと考えられてきました。

・ところが近年になって、フグが体表面から毒を出しているらしいことが分かってきました。水槽にフグと大型魚を一緒に入れると、大型魚はフグに接近することはあっても食べることは無いことが観察されています。大型の魚がフグに近寄るとフグは毒を発し、大型魚はこれを感知して避けていると考えられます。このようにしてフグ毒は自身の生存に役立っているらしいことが判明してきました。

大昔の貝塚からは時折りフグの骨が見付かります。つまり人々はそんな大昔からフグを食用にしていたと考えられます。人類の祖先は何故このような猛毒を持つ魚を食用にしていたのだろうか? それほどに食料に困窮していたのであろうか?

今日ではフグを安全に調理する方法が開発されていますが、そんな技術が無い大昔の人々はたぶん沢山の犠牲者を出し続けたに違いない。つまり、今日のフグ調理技術は、先人たちの文字通り命懸けの作業の連続に依って開発されてきたものと思われます。

フグ毒は熱を加えても分解しないし解毒剤も無いようです。トラフグは全国的にも漁獲量が減少し、ますます高級魚となってきました。国内では加工場の問題が有って、漁獲されたフグの多くが下関や東京に集中するという傾向が有ります。

こんなお話は興味が有りましたでしょうか? 最後まで読んで下さって有難うございました。

(財団法人日本自然保護協会・自然観察指導員 小 原 芳 郎 記 )


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