生き物こぼれ話(その32)
 この写真はキキョウです。キキョウ科。つぼみの形(写真中央)が風船に似ていることから「バルーンフラワー」の呼び名もある。

 名前の由来は中国名「桔梗」の音読みの「キチコウ」が訛ったといわれています。秋の七草の一つとして古くから親しまれてきました。万葉集にもうたわれ、万葉の花でもある。
 
 典型的な虫媒花であり自家受粉はしない。他花の花粉を虫が運んで来て受粉します。おしべとめしべはそれぞれの成熟の時期をずらすという方法によって自家受粉を避けています。

 つまり、キキョウの場合にはおしべが先に成熟して送粉し、その花粉がなくなった頃にめしべが成熟するようになっています。花の種類によってはこの順番が逆になるものも有ります。いわば時差出勤によるニアミス防止とでも言えるでしょうか。
 
 植物の受粉には自家受粉と他家受粉が有ります。植物はそれぞれ種ごとにどちらかを選ぶか、或いは両方を組み合わせております。それぞれにどんなメリットとデメリットが有ってそのようにしているのだろうか。今回はキキョウを素材にしながら植物の受粉についてのお話です。

 自家受粉(自家交配、コメなど)の場合には、受粉の確率がはるかに高くなります。そのぶん花粉の生産量が少なくても良いことになります。 他家受粉の場合には鮮やかな花弁や蜜など、送粉するためのいろんな仕掛けが必要になるが、それらが要らないのでコストの節約になります。送粉昆虫(ポリネータ)に依存しないので気候の変動によるリスクを避けることが出来ます。

 しかし、自家受粉の場合には遺伝子組み合わせの多様性がないので、近親交配による遺伝子の劣化(近交弱勢)が避けられません。このため環境変化に対応力がなく、種の存続の危機につながるかも知れない危険が有ります。
他家受粉(他家交配)の場合には、これとは全く逆の関係になります。遺伝子の組み合わせのバリエーションが広がることになり、種としての適応度の向上につながるので、環境の変化に対して種の残存可能性が高まります。近交弱勢も防止することが出来ます。

 しかし、他家受粉の場合にはなんと言っても受粉の確率が低いことになります。風媒花の場合には全くの風まかせであるので、杉花粉症に見られるように大量の花粉を作らねばならない。虫媒花の場合にはポリネータを引き寄せるために花弁や蜜、匂いなどに積極的な工夫をしなければなりません。いずれにしても余分な投資が必要になり大変なコストです。

 他家受粉とは、植物たちが自然の中で絶えず交雑を繰り返すことによって新しい植物を作り出して来た、自然の進化の手段そのものともいえます。

 一年草の場合には自家交配しているものが多いようです。生育期間が1年と短いので確実性の方により重点をおいているためと思われます。帰化植物も自家交配が多いようです。新天地に侵入した当初は少ない固体数での繁殖を達成するためと思われます。

 花は種によって自家交配と他家交配のどちらかを選んでおりますが、一方だけに特化せずに、両方をうまく組み合わせているものも有ります(ツユクサ、スミレ、など)。

 次に、本来が他家交配の植物は偶然に自家交配となることを避けるために、いろいろな工夫をしております。 雄と雌で花の時期をずらす(雌雄異熟、キキョウ、ノアザミ、ホオノキ)、 一つの花の中に雄と雌の同居を止め雄の花と雌の花に分ける(雌雄異花、キュウリ、カボチャ)、さらに進んで、雄の木と雌の木に分ける(雌雄異株、イチョウ、キュウイフルーツ)、自家受粉をしてしまった場合にはそれ以上の成長は止める又は落果させる(自家不和合、カキ、ハッサク)、など、雌雄異株の場合には当然ながら、近くに雄の個体と雌の個体の両方がなければ結実できません。

こんなお話は興味が有りましたでしょうか? 最後まで読んで下さって有難うございました。

(財団法人日本自然保護協会・自然観察指導員 小 原 芳 郎 記 )


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