生き物こぼれ話(その21)

 この写真はカタクリです。ユリ科。多年草。早春に茎の先に一輪の花を付けます。高さ20〜25cm、花の長さ4〜5cm。

 この写真に見るように強く反りかえるのが特徴です。その可憐な花を愛でて愛好家が多い。

 原産地は東アジアといわれ。日本では北海道、本州、四国、九州など、各地の山野で見られます。

 雪国ではまだ残雪が消えていない頃、雪解けを待ちかねたように、急速に生長して花を咲かせます。そして、上方の落葉広葉樹たちが次第に新緑を広げてきて、太陽の光がさえぎられて林内が暗くなってくる頃にはもう、地上部を枯らしています。

 


  カタクリのほか、ニリンソウ(ニ輪草)やフクジュソウ(福寿草)は、雪解けの頃から若葉の繁る頃までの、まだ林内に明るい光りが射している短い期間だけで、地上での生活を終えてしまいます。このように、春まだ浅い早春に雪解けを待ちわびたように競って咲いて、早々と実をつけて終えてしまう短命の植物たちのことを「春植物」と呼びます。

 春植物たちはそのうえ、身体に似合わぬ程の大きな花を咲かせます。春植物(スプリング・エフェメラル)たちは何故にそのように先を急ぐのだろうか? 今回はそんなお話です。

 カタクリの受粉はハナバチやギフチョウなどによって行なわれます(虫媒花)。種子はアリに運ばれることによって次第に生息域を広げてきました(アリ散布)。カタクリの種子にはアリの誘引物質が付いており、それを餌とするアリによって運ばれます。多くの植物が生存するためには、このように昆虫類の存在が不可欠なのです。

 カタクリは林床植物です。初夏になって木々が芽吹いてしまえば、林床の花には光合成に必要な十分な光が届かなくなってしまいます。暗くて見通しが悪くなれば花粉を媒介してくれる昆虫からは見付かりにくくなってしまいます。

 さらに、森の樹木が一斉に咲き出してしまえば林床植物よりはケタ違いに規模が大きいので、花粉を餌としながらこれを媒介する昆虫(訪花昆虫、ポリネータ)には、そちらの方がはるかに魅力的に違いない。つまり遅くなれば、頼みとする昆虫類が来てくれなくなります。

 かくして、春植物たちは雪解けを待たずして開花を急ぐようになったと考えられています。お腹を空かせた昆虫の方からは、単独で咲いている花よりは一ヶ所にたくさん咲いている方がはるかに効率的なことは間違いない。このようにして春植物たちは群落を作ることになりました。

 つまり、樹木との競合を避けるために春まだ寒いのを我慢して開花時期を早め、本来なら広く分散していた方が地中からの栄養分も集めやすいのを、あえて一ヶ所に群れて咲くようにしました。

 ところがそれでもまだ困った問題が起こりました。同業者(?)との競合です。春が早いからまだ虫は少ない。その誘致をめぐっての競争です。かくして春植物たちは目立つように、光合成で得た栄養分の多くを割いて、一つの花をさらに大きく美しくする方向に進化していったと考えられます。

 カタクリが地上に姿を現すのは春先のみです。1年のうちの大半は地中で過ごします。芽生えから最初の花が咲くまでの期間は8年くらいと言われています。夏になると酷暑を避けるために地上部分は枯れてしまい、球根で夏眠(かみん)に入ります。

 カタクリの根茎にはデンプンが蓄えられております。北海道のアイヌでは重要な食用植物とされていました。本来の片栗粉は、5月頃にこれを掘り出してすり潰し乾燥させたものです。

 カタクリは、雪どけ後の早春の明るい林床に群落をつくる代表的な野草の一つですが、今では希少な植物の仲間入りをするのではないかと懸念されております。


こんなお話は興味が有りましたでしょうか? 最後まで読んで下さって有難うございました。



(財団法人日本自然保護協会・自然観察指導員 小 原 芳 郎 記 )


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