生き物こぼれ話(その20)

 この写真は、徳川将軍家の菩提寺・港区芝の増上寺のヒマラヤスギです。後ろに見えるのは朱塗りの山門です。

 ヒマラヤスギは樹高25m位。原産地はヒマラヤ西部。雌雄異株。成長が早くて育てやすいため、公園樹として多く利用されています。
スギという文字がついていますが、実はスギ科ではなくてマツ科です。

 植物の名前は分類上の科名と一致しない場合があります。例えば北海道を代表する愛らしい花、スズランはラン科ではなくてユリ科です。愛好家に人気の高いクンシランはラン科ではなくヒガンバナ科です。一般に植物の名前はどうやって付くのだろうか? 図鑑などでしばしば見かける学名とは何だろうか? 学名は何のために有るのだろうか? 今回は植物の名前についてのお話しです。


 植物の名前は、その形を表現したものが多いようです。カエデはその葉っぱの形がカエルの手に似ているため。仏教で縁の深いハスは花の後にできる果托が蜂の巣に似ているので、「ハチノス」が転訛したものと考えられています。カクレミノはその葉っぱの形が昔の雨衣の蓑に似ているから。

 その植物の特徴を表わしたものもある。ヒノキは着火性が良いため火起こしの材料になりました。このため人家の周りには「火の木」を植えてはならないという古人の教えは、それなりに説得力を持っておりました。シャリンバイ(車輪梅)は枝や葉が車輪状に見え、やがて梅に似た花をつけることから。コブシは秋になると子供がこぶしを握ったような形のかわいい果実をつけるところからこの名が付きました。

 植物の特徴的な習性がそのまま名前になっているものが有ります。ネムノキは夜になると葉が垂れ下がり、小葉が閉じて就眠運動をするのが特徴で、「眠る木」を意味したものと思われます。ヤドリギ(宿木)は、ブナ、ケヤキなどの落葉高木の枝などに寄生するところからこの名が付きました。
中国からきた植物は、中国語名の日本式読みが多いようです。例えばキョウチクトウ(夾竹桃)、カラタチ(唐橘)、モクレン(木蓮)など。

 このようにして植物の名前の由来はいろいろですが、分類学上の科名が定まるのはそれよりもずっと後のことですから、ヒマラヤスギという名前の木が実はスギ科ではなくてマツ科だった、というようなことが起こるのです。
植物はそれぞれの土地で独自の名前で呼ばれていたため、宿命的に、たくさんの別名を持っていることになります。例えばヒガンバナはマンジュシャゲ、エノコログサはネコジャラシなど。

 植物の種子は鳥に依って運ばれ、海流によって運ばれ、あるいは偏西風に乗ってはるか遠くの大陸にも達します。このため別名が一国のみならず地球規模で発生し、一つの植物に何十種類もの名前が存在することが起こります。これによる不便を解決するために、国際的な統一名称が発明されました。それが学名と言われるものです。学名はラテン語でつけることになっており、しかるべき国際機関によって統一的かつ体系的に付与されております。

 学名は化石でしか見られない絶滅した種に対しても付されます。戦前に和歌山県で数千年前の地層からある化石が発見されました。未発見の絶滅種の木と認定され学名が付されました。その数年後に中国で新種の樹木が発見されて学名が付されました。戦後になって、なんとその2つが同一種であることが分りました。つまり日本では絶滅種とされていた木が中国で僅かに生き残っていたのです。これが生きていた化石として有名になった、メタセコイヤ(日本名:曙杉、中国名:水杉)です。

このような場合には発見の順番には関わりなく、いま生きている種についている名前が優先することになっています(現生種優先の原則)。このため、日本で発見された化石についていた学名は抹消されました。メタセコイヤの苗木はその後日本に導入され、いまでは各地で公園樹や街路樹として利用されております。

こんなお話は興味が有りましたでしょうか? 最後まで読んで下さって有難うございました。



(財団法人日本自然保護協会・自然観察指導員 小 原 芳 郎 記 )


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