生き物こぼれ話(その18)

 この写真はトキ(朱鷺)です。コウノトリ目トキ科トキ属。体長は約80cm。かつては、北海道から九州までほぼ全国的に棲んでいて、おもに水田でエサをついばんでいたといわれています。往復はがきの図柄にもなっています。

 食性はドジョウ、フナ、コイなどの魚類、オタマジャタシ、カエル、イモリなどの両生類、カタツムリ、タニシや貝類などの軟体動物、ミミズなどの環形動物、サワガニやザリガニなどの甲殻類、ヤゴなどの水生昆虫、イナゴやコオロギなど、何でも食べます。

 トキは水辺や湿地をおもな生活の場所にしており、そこを歩き回って小動物を探していました。稲作農耕を中心とした日本人の生活に深く関わっている鳥でした。
 しかし残念ながら、日本産のトキは2003−10−10をもって絶滅しました。そして中国のトキもいま同じように絶滅の危機に瀕しています。

 今回はトキを素材にしながら、どこにでも居た生物が短期間のうちに絶滅に向かっていく過程と、その中で人類は何をしてきたか? そんなお話しです。


 トキの害敵は、飛行中にはイヌワシ、クマタカ、オオタカ、ハヤブサなど。地上でエサを食べているときには、キツネ、テン、イタチ、野良イヌなど。巣に卵やヒナがいる時にはカラスやヘビなど。

 大空を優雅に舞っているように見える鳥類ですが、その毎日の生活はこのように多くの捕食者に狙われている危険に満ちたものなのです。だがトキにとっての最大の害敵は実は、ニンゲンと呼ばれるどう猛な生物だったのです。そのお話しをしましょう。

 江戸時代の日本では、野鳥のみならず野生の豊富な生き物たちが人間と共存していました。仏教の殺生戒の影響もあって、為政者たちは神社仏閣の広大な敷地内の森林と、そこに生きている鳥獣を大切にしてきました。

 明治になっていわゆる文明開化の世の中となります。それまでの殺生戒はゆるみ、トキの美しさが裏目となります。美しい羽毛は弓の矢羽や羽箒用にねらわれ、肉は産後の乳の出がよくなるとか、冷え症の薬として珍重されました。

 それまでは上級の武士にしか許されなかったツル類、コウノトリの際限無き、無計画・無制限な乱獲が始まります。庶民も銃器によって大型鳥類の狩猟が出来るようになりました。人里近くに棲み、そのうえ形状が大形のトキはまたとない標的とされたのです。

 トキの卵は4月下旬頃に孵化します。トキの親鳥は育ちざかりのヒナにせっせとエサを運ばねばなりません。トキが田んぼでエサのザリガニや小魚を探す時期は、間の悪いことに、農家の田植えの時期と重なっていました。このため、地域によっては田んぼを荒らす害鳥として追われました。

 かくしてこの時代には、トキと並んで、タンチョウ、マナヅル、ナベヅル、コウノトリなどの大型鳥類がみな急激に数を減らしていきました。さらに、昭和に入ると農薬による水質の汚染や、営巣木の伐採、かんばつによるエサ不足など、トキが生きてゆくのに必要な環境がどんどん失われていきます。

 一方ではトキを絶滅から保護するための取り組みもありました。明治期の乱獲が続いたのちに明治の末になってトキは保護鳥となり、昭和初期には天然記念物の指定を受けましたが、トキが生きるべき棲息適地はどんどん減少の一途をたどっていました。

ひとたび絶滅に向かった生物は急速に終末に向かいます。1981年、佐渡にいた最後の5羽が人工増殖のために捕獲されました。しかしとき既に遅く、日本産のトキは地上から永遠に絶滅してしまいました。
トキが絶滅していったその教訓を生かさなければ、巡り巡って、いつの日にか人類のうえにも同じことが起こるかも知れません。生態系における最大の害敵がニンゲンという動物であってはならないのです。

こんなお話は興味が有りましたでしょうか? 最後まで読んで下さって有難うございました。



(財団法人日本自然保護協会・自然観察指導員 小 原 芳 郎 記 )


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