生き物こぼれ話(その13)

 この写真は、帰らぬ主人を十年以上にわたって渋谷の改札口で待ち続けた主人思いの犬として、映画になり銅像にもなった「忠犬ハチ公」のはく製です。

 現在では上野の国立科学博物館で、南極で奇跡的に生存して発見されたジロと並んで、展示されております。

 すべての家畜の先祖がそうであるように、犬の先祖も元々は野生獣でした。それがどうして人間の傍で一緒に暮らすようになったのか? 今回は犬を素材にしながら家畜となった動物たちのお話しです。


 まず、原始人たちの毎日は、朝晩の食糧を得ることにひたすら追われていたと思われるので、野生動物を捕まえて毎日食糧を与えるなどという余裕は考えられない。

 原野を放浪していた野生の犬の方から人間に近づき、人間の側でも犬の接近を許し、両者の間に次第にかすかながら信頼し合う関係が出来ていったと考えられます。犬は人間に狩られることを恐れながらも、人間の生活圏に近づいてきた。犬が危険を冒しても人間の傍に近づいてきたのは、原始人たちが食べ残した獲物の骨や魚のアラのような餌をかすめ取ることが出来るばかりでなく、火を使う人間の傍にいれば周囲にいる熊のような強敵から襲われるのを免れるからであった。

 麻薬犬の活躍で知られるように、犬は人間よりもはるかに優れた嗅覚をもっています。闇に紛れて接近してくる野獣や他の種族をいち早く察知して騒ぎ立ててくれる犬の性質は、人間の側からすれば、今日の火災報知器や防犯カメラに相当するような、極めて便利なものであったに違いない。

 どんな動物も子供はかわいい。幼時は警戒心も薄く人の後ろに付いて来たりする。そんな迷子が原始人たちの洞窟の近くにやってきて、そのまま人に飼われるようになったのかも知れない。かくて人間と野生犬とは互いに接触することを避け警戒しながらも、一方ではなんとなく引かれ合う不思議な時代、つまり家畜となるまでの過渡期が有ったと思われます。

 犬には群居する習性があり、群れとして力を合わせて獲物を取ったり外敵を防いだりしていた。従って野生の時から群れのリーダーを正確に認識しこれに従う本能があった。犬は人間から時折り餌を貰うようになって、人間を自分のボスとして認識するようになった。それは当然ながら、人間の側にとっては甚だ都合の良い習性であったに違いない。

 かくして、人間の側は犬を忠実な伴侶とみなすようになり、犬の方も人間の行くところは何処にでもついて行くようになりました。やがて人間は5大陸に分布していったので、犬もまた人間について世界中に広がっていったと考えられます。

 一方、ネコが人間と一緒に暮らすようになったのは寒さからの逃避ではないかと思われます。冬眠の習慣を持たないネコにとっては、ともかくも人間の傍にいれば冬の寒さを乗り越えられる。人間にとってはネコが傍にいても別に危険ではないし、大切な収穫物を荒らすネズミを捕らえてくれるので、住居の周りをうろつき回っても危害は加えなかったし、むしろ、ネコを積極的に飼い慣らしていったかも知れない。

 ネコが大々的に増えたのは中世のヨーロッパと考えられます。ヨーロッパ全土にわたってしばしば飢饉に襲われていました。飢えたネズミの大群から食糧を守るために、ネコが重宝されるようになりました。

 加えて伝染病のぺストが大流行して人々を苦しめました。ペストはネズミによって媒介されます。ペスト菌は1894年、日本の北里柴三郎博士によって発見されることになりますが、当時の人々はネコの多い村ではペストが少ないことを、経験的に知っていたのかも知れません。

 なお、牛、馬、豚、羊、鶏などの家畜については、人間が野生の彼らの祖先を原野で捕まえてきて食糧とするために、あるいは農作業用に、飼育し馴化(じゅんか)していったのが始まりと考えられています。

こんなお話は興味が有りましたでしょうか? 最後まで読んで下さって有難うございました。


(財団法人日本自然保護協会・自然観察指導員 小 原 芳 郎 記 )

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