生き物こぼれ話(その12)
  このイラストはシロナガスクジラです。全長:約25m、体重:約120t。現存する地球上最大の動物です。

 クジラ類は私たち人間と同様に温血で、肺で呼吸をし、子供を生み、母乳で育てます。

 哺乳類でありながら、その生活は完全に水中に適応しました。クジラの祖先は太古の昔は陸上の動物だったのです。

 何故クジラは海で生活するようになったのだろうか? 何故クジラは海にいながら肺呼吸なのだろうか? 今回はクジラを素材にしながら、海に還っていった動物たちのお話しです。


 地上の動物たちの先祖は太古の昔、長い時間をかけて進化を重ねつつ、海の中から地上に這い上がってきました。地上に進出した動物たちは、ここでも永い年月をかけて新しい天地に適応していきました。しかし数多い中には、やっと獲得した新たな環境である陸上生活に充分に適応することができず、また海の中に還って行った動物たちがいました。その一つがクジラです。

 地上に進出した動物たちは二つの危機に直面しました。一つは乾燥との戦いです。海の中で生きている時にはいつでも全周囲を水に囲まれているので、水分のことなど何の心配も無かったのが、こんどは水分が体表からどんどん蒸発していくので、常に水分を補充していないと死んでしまいます。

 もう一つは自重との戦いです。空を飛ぶ飛行機の場合を考えてみてください。下に落ちないための揚力、前に進むための推力。飛行機はこの二つの力でかろうじて飛べるのです。水の中では体積に見合った浮力が有るので、どんなに巨大になっても心配なかったのが、今度は自分の体重は自分の足で支えなければなりません。動物園のゾーの動きはゆっくりと緩慢に見えますが、約10tの体重を支えながらの移動はあれが限界なのです。動きが遅いことは餌の獲得機会が少なくなることと同時に、襲撃者(捕食者)からの逃避が困難になることを意味します。

 クジラの最初の祖先は古地中海の河口付近の水辺を、今のカバのように生活の場としていました。餌を追って次第に水への依存度を増しながら適応力を強めていき、やがて完全に水生の動物へと進化していったことが、化石の研究から解明されてきました。

 水中生活に適応するために、クジラは形態的、生理的、生態的にいろいろの進化を遂げました。クジラの祖先は上陸するに際して、それまで水中から酸素を吸収していた鰓(えら)を捨て、空気から酸素を吸収する肺を獲得しておりました。一度失った器官を元に戻す事はできないという進化の法則があります。

 つまり水中で生活することになっても最早、鰓を復活できないのです。このため、クジラは頻繁に海面に顔を出して空気を呼吸しなければならなくなったのです。これがクジラの潮吹きです。クジラが卵ではなく子供で産んで、母乳で育てるのも同じ理由からです。

 クジラは極地に住んでいますが体温は人間と同じ36℃です。寒さから逃れるための断熱材として、皮下に熱伝導率の低い油を大量に貯め込んで、ぶ厚い脂肪層を作りました。油の比重は水よりも小さいので浮力の増加にも役立ちます。油はカロリー量が高いので栄養倉庫の役目も果たしております。

 海に還っていった動物はクジラだけでは有りません。実は他にもたくさんの種類がいます。海に還っていった動機も様々です。天敵すなわち捕食者から逃避したと考えられているジュゴンなどの海牛(かいぎゅう)類。寒さから逃避したと考えられているセイウチなどの鰭脚(ひれあし)類など。

 地上の生物の大昔のことについては時折り発見される化石によって知ることができますが、海中生物については当然ながら化石の発見機会がはるかに少なくなります。クジラに限らず海洋に生きるどの生物にも言えることですが、海中で生活している動物は、習性や個体数などを調査するのが難しく、陸上動物よりもずっと分からないことが多いのです。

こんなお話は興味が有りましたでしょうか? 最後まで読んで下さって有難うございました。

(財団法人日本自然保護協会・自然観察指導員 小 原 芳 郎 記 )

戻る