生き物こぼれ話(その11)
 この写真はユネスコ世界自然遺産・白神山地(秋田県・青森県)のブナの原生林です。ブナのまだら模様の美しい木肌がよく分かります。

 ブナの木はやさしい姿をしていますが、その一生は決して平穏なものでは有りません。誕生(実生)からやがて死にいたるまでの一生を通じて、或いは四季を通じて、常にさまざまな生き物たち(昆虫、哺乳動物、野鳥、病原微生物)からの攻撃にさらされます。

 これらの攻撃は時間を掛けてゆっくりと行なわれ、木は動かないし声も出さない。
このため目立たないからなかなか気がつきませんが、ブナの木の一生は厳しい気象条件に耐え、生き残りをかけて外敵や仲間との戦いの連続なのです。

 今回はブナを素材にしながら、静かに生活しているように見える『 樹木たちの一生 』のお話しです。

 ブナ豊作の翌年、母樹の回りにはおびただしい数の雅苗が発生します。実生苗はまず双葉を出し、続いて本葉を出します。この段階になるとブナは自分で栄養生産できることになります。ところがブナの森の林冠(頂上部)が開いていれば良いが、普通の場合、光は林床には十分入ってこない。このため実生苗の大部分は8月頃までには枯死してしまいます。

 実生苗は光不足に加えて土壌病原菌のアタックを受けます。良く発育した健康な苗は耐えられるが、光不足状態では体力がつかず従って抵抗力もつかないので、結局病原菌に負けてしまうのです。これにより極くわずかの幸運な個体のみが生き残る状態になります。

 ブナの木の稚苗、幼木の回りには、それを食糧にしているたくさんの外敵が現れます。ブナの双葉はタネの中身そのものであり美味しくて栄養に満ちています。野ネズミに食害されるのは当然のなりゆきとなります。雪国では雪のうえに出てきた新梢にノウサギの食害が始まります。植林したブナの半数以上をノウサギの鋭い前歯で倒された例があります。

 若年期になって葉をどんどん繁らせるようになると、それを餌としている昆虫(多くはガの幼虫)の集団が現れます。木の葉は成熟するとセルロースの含有量が増えてくるので固くなります。そこで多くの昆虫の幼虫は木の葉がまだ柔らかくてみずみずしい春から初夏にかけてが活動シーズンになります。

 初夏は小鳥たちの子育てシーズンでもあります。子供の成長のためにはタンパク質は欠くことのできない大切な栄養であり、ひなのために捕ってくる餌はガの幼虫が圧倒的に多い。森の小鳥たちが子育ての季節を初夏に設定しているのは、もっとも餌の多い季節を選んでいるためと考えられます。

 冬になると夏鳥たちが落葉広葉樹林から去って行きます。その中でキツツキの仲間だけが生きていけるのは、木の幹や枝の材中に潜んでいるカミキリムシなどの穿孔虫(せんこうちゅう)がたくさんいるからです。つまりブナの木は、穿孔虫とキツツキ類の両方から攻撃をうけることになります。

 ブナの森は他の樹種に比べて深い落葉層を作ります。ブナの葉はセルロースが強固に出来ているため、ミミズなどの分解動物の手に負えない。このため落ち葉は一年経ってもまだ葉形がしっかりしており、翌年の秋にはその上にまた新しい落ち葉が堆積していくから、結果として落葉層が深くなります。

 ブナの森にはたくさんのキノコ類が現れます。ブナの落葉を分解する主役は菌類・つまりキノコです。厚く且つ豊かな落葉層の内側は適当な湿り気と保温効果により落葉菌の繁殖を促します。菌の活躍で落ち葉が柔らかくなれば、ミミズなどの土壌動物の活動も活発になってきます。

 落ち葉・落枝を土に返し、最後には幹を土に返す。こうしてやがて静かにブナの一生が終わるのです。

こんなお話は興味が有りましたでしょうか? 最後まで読んで下さって有難うございました。

(財団法人日本自然保護協会・自然観察指導員 小 原 芳 郎 記 )

戻る